「まちづくり」という言葉の生まれ
このページでわかること
- 「まちづくり」をひらがなで書くのは、建物だけでなく暮らしやつながりも含む広い意味を表すため
- 言葉が広まったのは、高度経済成長期の開発に対して、住民が声を上げた1960〜70年代ごろ
- その後、提案や実践へと広がり、阪神・淡路大震災の復興まちづくりでさらに広まった
- まちづくりの出発点は「自分たちの場所のことを、自分たちで考える」こと
このページでは「まちづくり」という言葉がどうやって広まったのかを説明するよ。
なんでひらがななの?
「町作り」とか「街造り」って書かないのはなんで?
漢字で書くと、意味がせまくなっちゃうからだよ。
- 「町」と書くと、地名や区切られた地域のイメージが強くなる
- 「街」と書くと、ビルやお店のイメージが強くなる
- 「造り」と書くと、建物を建てるイメージが強くなる
まちづくりは、建物だけじゃなく、人の暮らしやつながりも含めた広い意味の言葉だよね。だから、どれかひとつのイメージにしばられないように、ひらがなで書くことが多いんだ。
ひらがなのほうがやわらかい感じもするね。
それもあるね。「専門家だけのものじゃなく、誰でも関われるもの」という感じが出るのも、ひらがなが選ばれてきた理由のひとつだと言われているよ。
言葉が広まったきっかけ
「まちづくり」っていつからある言葉なの?
いつ最初に使われたかにはいくつか説があるんだけど、広く使われるようになったのは、1960年代から70年代ごろだと言われているよ。
どうしてその時期なの?
そのころの日本は「高度経済成長期」といって、経済がものすごい勢いで大きくなっていた時期なんだ。
あちこちで道路や工場、団地が次々とつくられて、生活は便利になった。でもその一方で、こんな困りごとも出てきたんだ。
- 工場の煙や排水で、空気や川がよごれる(公害)
- 住んでいた家や町並みが、開発のために取りこわされる
- 古くからの近所づきあいが、なくなっていく
便利になったけど、暮らしにくくなったところもあったんだ。
そうなんだ。そこで住民たちが「自分たちの町のことを、知らないところで勝手に決めないでほしい」「自分たちで考えたい」と声を上げるようになった。こういう動きを「住民運動」と言うよ。
そうした中で、「上から決められる開発」ではなく「住民が自分たちで暮らしの場をつくる」という意味で、「まちづくり」という言葉が使われるようになっていったんだ。
その後の広がり
その後、まちづくりは反対運動だけじゃなく、「自分たちでこういう町にしたい」と提案したり、実際に活動したりする方向に広がっていったよ。
1980年代ごろからは、住民のまちづくりを後押しする「まちづくり条例」をつくる自治体も出てきた。
そして1995年の阪神・淡路大震災のあと、被災した町を住民と専門家と行政が一緒に立て直す「復興まちづくり」が行われたことで、言葉はさらに広まったんだ。
「条例」ってなんだっけ?
都道府県や市町村がつくる、その地域だけのルールのことだよ。国の法律の地域版、みたいなものだね。
言葉の生まれから大事なこと
この歴史から、まちづくりの大事なところが見えてくるよ。
まちづくりは「誰かに町をつくってもらう」ことじゃなくて、「自分たちの暮らす場所のことを、自分たちで考えて動く」ことから始まった言葉なんだ。
ポイント
- 「まちづくり」をひらがなで書くのは、建物だけでなく暮らしやつながりも含む広い意味を表すため
- 言葉が広まったのは、高度経済成長期の開発に対して、住民が声を上げた1960〜70年代ごろ
- その後、提案や実践へと広がり、阪神・淡路大震災の復興まちづくりでさらに広まった
- まちづくりの出発点は「自分たちの場所のことを、自分たちで考える」こと