当事者とは?
このページでわかること
- 当事者とは、その困りごとを自分のこととして抱えている本人。まわりの家族なども広い意味では当事者
- 本当の困りごとは本人がいちばん知っているので、当事者の声を聞くことが大事
- 当事者抜きで進めると「してあげる・してもらう」の関係になり、使われない、続かないことが多い
- 当事者と、当事者ではないけれど一緒に考えたい人が、協力するのがいちばん良い
このページでは「当事者」について説明するよ。
当事者とは?
当事者ってなに?
ひとことで言うと、その困りごとを、自分のこととして抱えている本人のことだよ。
前のページの「放課後に勉強できる場所がない」という困りごとなら、当事者はひなたちゃんたち中高生だね。
え、わたしが当事者なの?
そうだよ。ほかにも、たとえばこんな感じ。
| 困りごと | 当事者 |
|---|---|
| バスがなくなって病院に行けない | 車を運転できないお年寄り |
| 子育てを相談できる人がいない | 子育て中の親 |
| 日本語がわからず、学校の手紙が読めない | 外国から来た家族 |
| 車いすで通れない道がある | 車いすを使う人 |
当事者のまわりにいる人
困っている本人だけが当事者なの?
本人のまわりにも、その困りごとに関わっている人がいるよね。
たとえば、病院に行けないお年寄りがいたら、毎回仕事を休んで車で送っている家族も困っている。中高生の居場所がないことは、帰りが遅い子どもを心配する親にとっても気になることだよね。
こういう人たちも、広い意味では当事者と言えるんだ。
なぜ当事者の声が大事なの?
当事者じゃない人が、困っている人を助けるのはダメなの?
ダメじゃないよ。でも、当事者の声を聞かずに進めると、うまくいかないことが多いんだ。理由は2つあるよ。
理由1 本当の困りごとは、本人がいちばん知っている
前のページで、「スマホ教室を開いたけど、本当に困っていたのは病院までの足だった」という話をしたよね。
まわりから見て「こうだろう」と思うことと、本人が本当に困っていることは、ずれていることがよくあるんだ。
理由2 「してあげる」関係になりやすい
もうひとつは、助ける側と助けられる側が、「してあげる人」と「してもらう人」に分かれてしまうことだよ。
それの何がいけないの?
もし、ひなたちゃんたちの居場所を大人が勝手に決めて、「はい、ここで勉強しなさい」と用意したらどうかな?
……うーん、ありがたいけど、ちょっと使いにくいかも。おしゃべりもしたいし、ルールが厳しかったら行かないかも。
そうなんだ。本人が「自分たちの場所だ」と思えないと、結局使われなくなってしまう。
それに、ずっと「してもらう側」にいると、自分から何かを変えようという気持ちも生まれにくいんだ。
「わたしたち抜きで、わたしたちのことを決めないで」
障害のある人たちの運動から広まった、有名な言葉があるよ。
「わたしたち抜きで、わたしたちのことを決めないで」
自分たちに関わることは、自分たちも一緒に決めたい、という意味なんだ。まちづくりでも、この考え方はとても大事にされているよ。
中高生の居場所なら、中高生も一緒に考えたいってことだね。
当事者が自分で始める活動
当事者の声を聞くだけじゃなく、当事者自身が活動を始めることもよくあるよ。
- 子育て中の親たちが集まって、悩みを話し合う会をつくる
- 病気や障害のある子どもの家族が、情報を交換する「親の会」をつくる
- 外国から来た人たちが、あとから来た人のために生活の情報をまとめる
同じ困りごとを経験した人だからこそ、わかり合えることがあるんだ。
当事者だけでも大変
じゃあ、当事者だけでやればいいの?
それも大変なんだ。困りごとを抱えている本人は、すでに疲れていることが多いし、時間やお金の余裕がないこともある。それに、自分のことだと近すぎて見えないこともあるんだ。
だから、当事者と、当事者じゃないけど一緒に考えたい人が、おたがいの立場を大事にしながら協力するのがいちばんいいんだよ。
ひなたちゃんの場合なら、中高生(当事者)が「どんな場所がほしいか」を考えて、大人が「場所を借りる」「見守る」などを手伝う、という形だね。
そうやって一緒に動く人のことを、次のページでは「仲間」として考えてみよう。
ポイント
- 当事者とは、その困りごとを自分のこととして抱えている本人。まわりの家族なども広い意味では当事者
- 本当の困りごとは本人がいちばん知っているので、当事者の声を聞くことが大事
- 当事者抜きで進めると「してあげる・してもらう」の関係になり、使われない、続かないことが多い
- 当事者と、当事者ではないけれど一緒に考えたい人が、協力するのがいちばん良い