わかりやすいまちづくり入門

3章 「みんなのため」ってなに?

市民活動の歴史

このページでわかること

  • 地域の助け合いは昔からあったが、戦争中は町内会が国の仕組みに組みこまれた歴史もある
  • 1995年の阪神・淡路大震災では約137万人のボランティアが活動し、「ボランティア元年」と呼ばれた
  • それをきっかけに1998年にNPO法ができ、市民の団体が法人になりやすくなった
  • 「新しい困りごと → 市民が先に動く → 新しい仕組みが生まれる」という流れがくり返されてきた
ひなた

このページでは、日本で市民活動がどうやって広がってきたのかを説明するよ。

年表で見てみよう

ひなた

市民活動って、いつごろからあるの?

さとる

形はちがうけど、地域の助け合いはずっと昔からあったんだ。まずは、大きな流れを年表で見てみよう。

時期できごと
江戸時代ごろ田植えや屋根のふきかえを、村の人どうしで手伝い合う「結ゆい」などの助け合い
1940年町内会・部落会が、国の仕組みの一部に組みこまれる
1947年戦争が終わり、町内会などがいったん禁止される
1952年禁止が解かれ、住民の自主的な団体として再出発する
1960〜70年代公害や開発に対して、住民運動が各地で起きる
1980年代お年寄りの家事などを住民どうしで手伝う、福祉の助け合いグループが広がる
1995年阪神・淡路大震災。1年間で約137万人のボランティアが被災地へ(「ボランティア元年」)
1998年NPO法(特定非営利活動促進法)ができる
2011年東日本大震災。たくさんのボランティアやNPOが、長く被災地を支える
2010年代〜子ども食堂が全国に広がる。地域運営組織も増えていく

昔からあった助け合い

さとる

昔の村では、田植えや屋根のふきかえのように、一つの家だけではできない大仕事を、近所の人たちが順番に手伝い合っていたんだ。これを「結」と言ったりするよ。

お金のためじゃなく、「おたがいさま」で支え合う。これが、地域の助け合いのいちばん古い形のひとつなんだ。

町内会の歴史から学べること

ひなた

1940年に「国の仕組みに組みこまれる」ってどういうこと?

さとる

戦争中、国は町内会を、国の命令を住民に伝えたり、住民どうしを見張らせたりするために使ったんだ。住民のための集まりが、国のための組織にされてしまったんだね。

だから戦争が終わったあと、一度禁止されたんだ。そして数年後、今度は住民が自分たちで運営する団体として、もう一度つくられた。それが今の自治会・町内会につながっているよ。

ひなた

住民のための集まりなのに、そうじゃなくなっちゃうこともあるんだね。

さとる

そうなんだ。この歴史は、地域の活動にとって「自分たちで決めて、自分たちで動く」ことがどれだけ大事かを教えてくれているよ。

住民運動から、提案と実践へ

さとる

1960〜70年代の住民運動は、1章の「「まちづくり」という言葉の生まれ」で話したね。公害や開発に「待った」をかける運動だった。

そこから少しずつ、「反対する」だけじゃなく、「こうしたい」と提案して、自分たちで動く活動が増えていったんだ。1980年代には、お年寄りの家事や介護を、住民どうしで手伝い合うグループが各地で生まれたよ。

1995年「ボランティア元年」

ひなた

「ボランティア元年」ってなに?

さとる

1995年1月に、阪神・淡路大震災が起きたんだ。たくさんの建物がこわれ、6,000人をこえる人が亡くなった大きな災害だよ。

このとき、全国から被災地にボランティアがかけつけた。震災から1年間で、のべ約137万人が活動したと言われているんだ。

ひなた

137万人!

さとる

それまでの日本では、ボランティアはまだあまり身近なものではなかった。でもこのとき、ふつうの学生や会社員が、自分の意思で被災地に行って、がれきを片付けたり、炊き出しをしたりした。

行政の手が届かないところを、市民が自分たちで支えたんだ。だから1995年は「ボランティア元年」と呼ばれているよ。

1998年 NPO法ができる

さとる

震災でのボランティアの活躍をきっかけに、「市民の活動を、もっと続けやすくする仕組みが必要だ」という声が高まったんだ。

当時、市民の団体は、法律上の「法人」になるのがとても難しかった。団体の名前で事務所を借りたり、銀行口座をつくったりするのにも苦労していたんだ。

さとる

そこで1998年3月に、NPO法(特定非営利活動促進法)ができた。これで、市民の団体がNPO法人になる道が開けたんだ。2章で話したように、今では全国に約5万のNPO法人があるよ。

2011年 東日本大震災

さとる

2011年3月の東日本大震災では、阪神・淡路大震災の経験を活かして、社協の災害ボランティアセンターやNPOが、すばやく被災地の支援を始めたんだ。

がれきの片付けだけじゃなく、仮設住宅での見守りや、子どもの学習支援、まちの再建の話し合いの手伝いなど、何年にもわたって被災地を支え続けた団体も多かったよ。

そして今

さとる

2010年代からは、3章で出てきた子ども食堂が全国に広がったり、2章で出てきた地域運営組織が増えたりしているね。

一方で、人口が減り、高齢化が進んで、活動の担い手が足りないという問題も大きくなっているんだ。

歴史から見えること

ひなた

歴史を見ると、何がわかるの?

さとる

くり返し起きていることがあるんだ。

  1. 社会に新しい困りごとが出てくる
  2. 市民が先に気づいて、自分たちで動き出す
  3. その活動が広がって、新しい仕組み(法律や制度)が生まれる

震災ボランティアからNPO法が生まれたのも、子ども食堂を行政が支えるようになったのも、この流れだよね。

ひなた

市民が動くと、社会の仕組みが変わることもあるんだね。

さとる

そうなんだ。そして、今の課題は「担い手不足」。つまり、活動をどうやって続けていくかだよ。

3章のまとめ

さとる

これで3章はおしまい。ふり返っておこう。

  • 公益(みんなのため)は、メンバー以外も得をすることで、役所だけのものじゃない
  • 社会は公(行政)・共(市民)・私(企業)の3つの領域が補い合って回っている
  • 行政にも企業にも、仕組みの上で手が届きにくいところがあり、そこで市民活動が力を発揮する
  • 日本の市民活動は、市民が先に動き、それが新しい仕組みを生む、という流れで広がってきた
ひなた

じゃあ、その市民活動って、実際にはどうやって始まるの?

さとる

それが次の4章「活動はどう生まれる?」のテーマだよ。

ポイント

  • 地域の助け合いは昔からあったが、戦争中は町内会が国の仕組みに組みこまれた歴史もある
  • 1995年の阪神・淡路大震災では約137万人のボランティアが活動し、「ボランティア元年」と呼ばれた
  • それをきっかけに1998年にNPO法ができ、市民の団体が法人になりやすくなった
  • 「新しい困りごと → 市民が先に動く → 新しい仕組みが生まれる」という流れがくり返されてきた

参考